メコンの落日 第一部(シナリオ)

                                           悠々亭味坊


タイの首都バンコク。

ソイ・サムタハン

九月四日午前六時、ロードワークをする岩本巌(18)リングネーム、ガン・岩本と呉雄烈(18)リングネーム、ビリー・シンサン。中国系タイ人。

シンサンジム

ムエタイを練習する選手達七、八人。トレーナー四人。見守る会長、山室春樹(28)、オーナー、デビッド・ワイン(35)アメリカ人。岩本とビリーが戻ってくる。ジムワークを始める二人。トレーナー相手に激しい蹴り、肘打ち、パンチを打ち込む二人を見て満足げに頷くデビッド。山室は満足しない。怒声が飛ぶ。ミドルキックの左右連打で応える岩本。膝蹴り百連発で応えるビリー。

スクムビットの最高級マンション

二十二階の日本料理屋主人藤井謙一(41)宅。リビングには豪華な調度。美帆(10)が自室から出てくる。オラチョーン(43)が美帆の鞄を抱えて続く。母、美子(34)玄関まで見送り。
美帆「行ってきます」
美子「行ってらっしゃい。気をつけてね」
美帆「ハーイ」

地下駐車場

エレベーターから出てくる美帆とオラチョーン。ベンツの扉を開けて待つ運転手タム(40)。美帆とオラチョーンが後部座席に乗る。ベンツ、静かに発車。

日本料理屋「藤井」玄関前

岩本桃子(15)が掃除をし、植木に水をやっている。これは桃子の朝の仕事。藤井に住み込みのウエイトレスとして働いている。ソイにベンツが入ってきて玄関脇の駐車場にとまる。中から美帆が出てきて、桃子に駆け寄る。
美帆「おねえちゃん、おはよう」
桃子「美帆ちゃん、おはよう。元気?」
美帆「早く行こ、遅れるよ」
美帆、桃子の腕を取る。実の姉のよう親しみを見せる美帆。仕事の終った桃子。
桃子「ちょっと待ってね、鞄とって来る」
車に乗る二人。車は日本人学校に向かう。

シンサンジム

午前十時。一階食堂でデビッドを除いて会長以下全員朝食。デビッド は自分の経営するシーロム通りの宝石店へ戻っている。
山室会長、飯をかきこみながら無造作に、
「巌、ビリー、二十二日に試合を組んだから気合を入れて練習しろ」
巌、えっという顔で会長を見る。巌は八月初旬にジムに入ってムエタイを始めたばかり。まだ三週間しかたっていない。一方ビリーはシンサンジムでは五戦目だが、九歳の頃から方々で試合をやっているので驚かない。
ビリー「はい。分かりました。ありがとうございます」礼儀正しく一礼。
山室「巌、聞こえたんかあ」
巌「はい、ありがとうございます」
山室「礼を言ってる面じゃない、それは。文句言ってる面だ。はっきり言ってみろ」
巌「相手は誰ですか」
山室「元ランカーだよ。ライト級八位だった。怖いか」
巌「ムエタイ始めて3週間のガキにノックアウトくらったら自信なくしちゃうんじゃないですか。せめて三ヵ月は練習した先輩を当てて下さい」
山室「回りくどいんだよ。嫌なら嫌と言え。マ、おまえには無理かもしんないな」
巌「潰してもいい相手なら潰すまでやりますよ」
山室「オイ、みんな聞いたか。元ランカーを潰すまでやるとよ。ヨシ、とっくり拝ましてもらおうか。いいか、巌、それだけでかい口叩いたんだ、一度でもリングにはいつくばってみろ、即、破門だ」
ビリー「会長、心配ありません。ガンは勝ちますよ。いい勘してる。ムエタイのセンスあります」
山室「ビリー、講釈垂れるな、十年早い」
ビリー「はい、すいません」
山室「巌、口先だけならチャンプが束になってかかってきても倒せるんだ。ホンマのリングで倒してみせろ。いいな」
巌「会長、俺を風呂屋やタイ人なんかと一緒にしないでください」
山室「ガッハハ」
ビリー「風呂屋とタイ人、なんで関係あるの」
山室「風呂屋とタイ人はユーだけ。古い駄洒落だ。おまえはわかんなくていいの」
ビリー「ガン、俺をユーだけの男と思っているのか」
巌「ゆるせ。お前は例外だ」
ビリー「ムエタイを甘く見るなよ。俺が例外なら、ムエタイのボクサーはみんな例外だ。口先の練習なんかしてないぜ」
トレーナーほか箸を止めてビリーを見る。
巌「そうかな」
ビリー「ガン、もう一回言ってみろ」
山室「ビリー、ムキになるな。どっちがユーだけか、試合をやって見れば分かる。せいぜい気合入れてやるんだな」
山室、飯をかきこむ。みんなふたたび箸を動かしはじめる。
リング上。巌とビリー、実戦さながらの練習。山室、ほくそえむ。

九月四日午前十一時。シーロム通りの宝石店

客、カップル二組。応対する女店員二人。応接室では日本人宝石商とデビッドが日本語で取り引き中。取り引きがまとまり、デビッド、通りまで笑顔で見送る。応接室に戻るデビッド。南アフリカの宝石商、来訪。握手する二人、すぐに英語で取り引きが始まる。

九月四日午後三時半。日本人学校。

教室を出てくる美帆と桃子。迎えるオラチョーン。手にはコーラの入った紙コップ二つ。三人は車のほうへ。美保と桃子はコーラを飲みながら。タムがドアを開けて待っている。

日本料理店「藤井」。

駐車場にベンツが入ってくる。おりる美帆と桃子。桃子は従業員室へ行って身仕度をする。
事務室で事務を執る藤井謙一(41)。ノックする美帆。
謙一「どうぞ」
美帆「お父さん、ただいま」
謙一「おかえり、今日は早いね」
美帆「ジムへ行かなかったの。宿題たくさんあるから」
謙一「桃ちゃんはジムか」
美帆「一緒に帰ってきた」
謙一「じゃあ、桃ちゃんに見てもらいなさい」
美帆「おねえちゃん、仕事だって」
謙一「お父さんも仕事だ」
美帆「つまんないの」

シンサンジム

午後の練習(三時から六時)を終えた巌とビリーは手にヘルメットを持って駐車場へ。それぞれのバイクにまたがる。

スクムビット通りソイ五十付近

巌はスクムビット通りの「藤井」、ビリーはニューペブリ通りの「イサーン・リッチ」へ向かう。激しい渋滞をぬってうんかのようにバイクが走る。その中の一台が巌。他の一台がビリー。巌は「藤井」の板前見習い。ビリーは「イサーン・リッチ」(タイ風ディスコ)のウエイター兼用心棒。

九月四日午後九時ごろ。「藤井」で

座敷が五つ。四人用の四角いテーブルが二十。巌が寿司を握っている前にはカウンターがあって椅子が十脚。カウンターには二人、テーブルには三分の一ほどの客が座っている。ウエイトレスは桃子を含めて六人。全員タイ風にアレンジした着物を着ている。窓際のテーブルに座ったチンピラ風の二人連れ。先程から桃子を舐めるように見つめてはなにごとか囁やいている。巌はそれに気づき、時々注意の視線をむける。十分後、天ぷら定食を食べ終わった二人が出て行く。見つめる巌。

九月四日午後十一時ごろ。「イサーン・リッチ」で

客席より三十センチ程高いステージの左右両側にはミニスカートの踊り子達が客を待っている。その数四十人くらい。客席から見てステージ後方のひなだんにはジーンズ、革ジャンの歌手。ステージ中央では十組程ディスコダンスを踊っている。一曲終わるごとにステージ係が踊り子からチケットを集めていく。客は十枚綴りのチケットを買い、相手の踊り子に手渡すシステム。白いシャツ、臙脂の蝶ネクタイ、黒いズボンのビリー。飲み物や食べ物の給仕に忙しい。
酔客が立ち上がり、ボックスとテーブルの間で踊りはじめる。近づいて静かに注意するビリー。いきなり殴りかかる酔客。軽くよけてボディーブローを入れるとたあいなく崩れる。ビリーは空いているボックスに客を座らせる。
なにごともなかったように給仕するビリー。狭いテーブルの間をすり抜けてゆくフットワークが小気味いい。

九月五日午前零時半。「藤井」で

巌は調理場、桃子はホールの後片付けをしながら。
桃子「お兄ちゃん、試合できるようになった?」
巌「お前まで馬鹿にすんのかよ。このまんまだってリングに上がれるぜ」
桃子「上がるだけならわたしだって上がれるわ」
巌「いっちょまえに俺の尻叩く気か。二十二日に試合がある。とっくり見てから口をきくんだな」
桃子「何月?」
巌「今月にきまってるだろ」
桃子「エッ?ホント?」
後片付けの手を休めて、心配そうに見上げる。
巌「俺の実力を信用してねえ顔だな、それは」
桃子「そんなことないけど・・・ビリーはいつ?」
巌「同じ日だ」
桃子「二十二日か、あと三週間もないのね、ああ、ドキドキしちゃう」
巌「ビリーが心配でドキドキしちゃうか」
桃子「バーカ。ねえ、あした、学校終わってからジムへ行っていい?」
巌「いつも勝手に来るくせに。ビリーの世話ばっかりやくなよな」
桃子「やきもち焼いちゃって、ヘンな兄貴」
後片付けを急ぐ桃子。可愛くてたまらないという表情の巌。

三年前。神奈川県相模原市郊外。交通事故の現場。巌、桃子兄妹の父母、即死。

相模原市の社宅。父母の葬儀(回想)
親類のそばに座って会葬者に頭を下げる高一の巌と小六の桃子。

神奈川県川崎市。叔父の家で(回想)
早朝、コンビニに出かける巌、学校へ行くまでコンビニで働いている。掃除、洗濯をする桃子。

放課後、多摩川の河原で(回想)
生徒四、五人のグループが巌に近づく。巌はいきなりグループのリーダーの下腹を蹴りあげ、パンチを浴びせる。殴り合いが始まる。

校長室で(回想)
校長に説諭される叔母と巌。

叔父の家で(回想)
叔父を殴り、家を飛び出す巌。追いかける桃子。

「藤井」で

後片付けを終えた桃子。
桃子「何ぼんやりしてるの、お兄ちゃん、早く帰って寝たら」
巌、はっとして「冷たい妹だな、一分でもながくお前と一緒にいたいのに」
桃子「寝言は寝てから言ってね。早くしないと、電気消しちゃうから」
巌、調理場を手早く片付け、ロッカー室へ。手にヘルメットをもって出てくる。
口とは裏腹に離れたくない桃子。駐車場のバイクまで巌にくっついていく。
桃子「気をつけてね、スピードだしちゃダメよ」
巌、神妙に「分かってるよ」
桃子「試合のこと考えると、今からドキドキしちゃう。今晩寝られないかも」
巌「ケッ、急にしおらしいこと言うな。強気だけが取り柄のくせに」
桃子「お兄ちゃん、それはないでしょ。ビリーなんていつもほめてくれるよ、優しくて親切でとても可愛いって」
巌「タイ人の男は女にはみんなそう言うんだ。試合の心配するより穴の心配するんだな」
桃子「ギャッ、ドエッチ!」
巌「ごちゃごちゃ言ってないで早く寝ろ」
桃子「ネエ、お兄ちゃん、ホントにドキドキするの。虫の知らせかなあ」
巌「じゃあな」
桃子「うん、気をつけてね。おやすみなさい」
巌「おやすみ」
バイクを慎重に発進させる巌。手を振って見送る桃子。

九月五日午後二時。藤井宅で

きれいに片付いている女中部屋。ベッドの上に大きめの空のバッグが置いてある。オラチョーン、リビングで刺繍に余念のない美子に。
オラチョーン「美帆ちゃん、迎えに行ってきます」
美子「はい、おねがい、気をつけて。今日の買い物はこれだけ」紙片を手渡す美子。
オラチョーン「はい」
藤井宅を出るオラチョーン。

九月五日午後二時半。日本料理店「藤井」で

タム、事務室へのドアをノック。
藤井「どうぞ」
タム「お嬢さんを迎えに行ってまいります」
藤井「はい、ご苦労さん」

「藤井」駐車場
タム、ベンツに乗り発進させる。

日本人学校近くのスーパー前

買い物の入ったビニール袋を持って待っているオラチョーン。ベンツがとまる。オラチョーンはビニール袋を助手席に放りこむとふたたびスーパーへ。コーラの入った紙コップを二つ持って出てくる。

九月五日三時半。日本人学校

教室から出てくる美帆と桃子。オラチョーン、コーラを手渡す。二人はコーラを飲みながら車のほうへ。オラチョーン、二人の鞄を持って従う。ドアを開けて待っているタム。後部座席に乗る三人。ベンツ、静かに発進。

車中で

桃子「タムさん、ジムへ行って下さい」
タム「混んでますので、遠回りして行きましょう」
美帆「おねえちゃん、このコーラ、変な味しない?」
桃子「別に。飲みたくなかったらわたしにちょうだい。わたし、のどが渇いちゃって」
美帆「おねえちゃんて鈍感ね。何でも平気で飲んだり食べたりするんだから」
桃子「美帆ちゃんみたいにお嬢さん育ちじゃありませんからねーだ」
美帆「わたし、眠くなっちゃった」
桃子「あら、わたしも」
オラチョーン「ゆっくり寝て下さい。疲れがとれますよ」
二人からコーラの紙コップを受取る。

九月五日午後五時半ごろ。バンコク郊外ドンムアン空港近くの高速道路を走るベンツ。ベンツ
はまもなく高速を下りてソイに入る。

車中
美帆と桃子はぐっすり寝込んでいる。オラチョーンは二人の様子を注意深く見ている。

九月五日午後六時。バンコク郊外の一軒家、シャリンの叔父の家。三ヶ月前、叔父一家はコラートのマンションに引っ越して行った。買い手のつかない売り家。かなり古く荒れている。

室内で

日本料理屋「藤井」で桃子を執拗な目で追っていた二人の男のうちの一人、シャリン(20)。落ち着かない様子でうろうろしたり、窓越しに外を見たり。
近づくベンツ。車に気づき窓越しにじっと見つめる シャリン。車、玄関前でとまる。オラチョーンが先に下り周囲を伺う。ついでシャリンに合図を送り、車のドアを開く。
周囲を見張るオラチョーン。タムとシャリンは素早く美帆と桃子を抱え、家内へ。

リビングで

タムとシャリンは美帆と桃子の手足をひもで縛り、口にはガムテープを張る。
終わって部屋を出て行くタム。入れ代わりに部屋に入るオラチョーン。

タムは車をしばらく走らせ、路上駐車の列にもぐりこむ。車からおりるタム。シャリンの叔父の家まで歩く。

九月五日午後六時半頃。シャリンの叔父の家。リビングで

シャリンが電話を取りダイヤルする。見守るタムとオラチョーン。

「藤井」事務室。

電話が鳴る。受話器を取る藤井。
藤井「もしもし・・・ああ、藤井だが」
若い男の声「美帆と桃子は預かった。返してもらいたかったら一千万バーツ用意しろ。警察には喋るな。喋ったら二人とも殺す」
藤井「お前は誰だ!」
若い男の声「至急一千万バーツ用意しろ。警察には知らせるな。知らせたら二人の命はない。三十分後電話する」
藤井「もしもし!もしもし!」
電話、切れる。

藤井、自宅に電話をかける。
藤井「もしもし、わたしだ。美帆は帰っているか」
美子の声「いえ、まだですけど。何かあったの?」
藤井「いや、なんでもない。今日はちょっと遅くなるかもしれない」
美子の声「そうですか。分かりました」
藤井、ジムに電話をかける。
藤井「もしもし、藤井です」
山室の声「ああ、山室です。いつもおせわさまです」
藤井「ウチの美帆と桃子、お邪魔してませんでしょうか」
山室の声「いえ、今日はみえませんでした。なにか・・・」
藤井「えっ?!そうですか。では岩本を呼んでいただけますか」
山室の声「十分くらい前にお宅に向かいましたが」
藤井「ビリーは?」
山室の声「ビリーも巌と一緒に出ました」
藤井「ひょっとしてジムのほうに戻りましたら、わたしに連絡するようにお伝え願えませんか」
山室の声「分かりました」
藤井「急いでおりますので、これで失礼」
藤井、手帳を取り出し、学校など、心当たりのところにダイアルするが、いづれもいないという返事。

午後七時前。事務室のドアをノックする巌。

藤井「どうぞ」
巌「遅くなりました。何か・・・」
藤井「うん、さっき妙な電話があってね、美帆と桃子を預かったと言うんだ。方々へ電話をかけてみたんだが、どこにもいない。桃子ちゃん、今日はジムへ行ってないのか」
巌「はい、変だと思ってたんですが・・・ゆうべ、来ると言ってましたから」
藤井「そうか。返して欲しければ一千万用意しろと言うんだ。脅迫電話だ」
巌、鋭い視線で藤井を見つめ、口を開こうとしたとき、電話が鳴る。
藤井「もしもし藤井です」いいながらボタンを押す。相手の声が小さなスピーカーから流れる仕組み。
若い男の声「どうだ、確かめてみたか。どこにもいないだろ?」
藤井「美帆と桃子はどこだ!」
若い男の声「こちらに預かっている。信用できないなら声を聞かせてやろう」
美帆の声「お父さん、助けて!」
藤井「あ、美帆か、大丈夫か、もしもし!もしもし!」
若い男の声「今七時だ、九時までに一千万用意しろ。警察に知らせたら二人の命はない。九時に電話する」
藤井「そんな大金、手元にない。一日伸ばしてくれ」
若い男の声「何とかするのがお前の仕事だ」
電話、切れる。
藤井「手元には三百万しかない。あと七百万。二時間でできる金額じゃない。クソ、どうするか」
何度も電話する藤井。しかし借金の理由を言えないので相手にされない。藤井、受話器をおろし、焦って歩き回る。
巌「俺、デビッドさんに頼んでみます」
藤井「ああ、そうか、彼ならあるかもしれない」
巌、ジムへ電話をかける。山室から番号を聞き、デビッドへ電話。巌、率直に事情を話す。途中藤井が電話をとる。詳しく説明し鄭重に依頼する。
デビッド、快諾。

巌、すっ飛んで駐車場のバイクへ。

午後七時過ぎ。渋滞の真っ最中。車と車の間を縫ってシーロムに向かう巌のバイク。

シーロム通りの宝石店

巌が飛び込んでくる。驚く客。女店員が応接室のドアをノック。
デビッド「カムイン、プリーズ」
巌「すみません、お願いします」
デビッドはソファーに座っている。テーブルの上にバッグとサンドイッチ、コーヒー。デビッド、腕時計を見る。
デビッド「今八時十五分前だ。晩ご飯は食べましたか」
巌「いいえ」
デビッド「少し食べておきなさい」
巌「時間がないんです」
デビッド「九時に電話があるんでしたね。まだ少し余裕がある。ビリーには知らせましたか」
巌「いえ、俺はまだ。藤井さんから連絡がいってるかもしれませんが。お借りします」
巌、「イサーン・リッチ」へ電話。ビリーはすでに「藤井」へ向かっているとの返事。デビッド、サンドウィッチを差し出す。いそいでほおばりコーヒーで飲み下す巌。
デビッド「巌とビリーには働いてもらう。これを使ったことがありますか」
デビッド、バッグを開ける。中には七百万の札束の上に、拳銃一丁、軍用ナイフ二丁、手錠二個、小型の携帯電話二個。
巌「ええ、ナイフと電話は」
デビッド「拳銃はビリーに持たせよう。手錠は簡単だ」
デビッド、手錠の使い方を示し、さらに携帯電話を取り上げて「これがビリーの番号。これが巌の番号。これがわたしの番号」と携帯電話に張り付けた番号を指差す。巌、頷き、手錠と携帯電話をベルトにつける。
デビッド「ヨシ、出かけよう。バイクに乗せてくれ」

バイクにまたがる巌とデビッド。

九月五日午後八時四十分。「藤井」の応接室。
藤井、美子は電話のそばに座っている。ビリーはドア近くに立つ。バイクの音を聞き、部屋を出るビリー。

応接室のドアをノックする音。すでに立ち上がって待っている藤井と妻の美子。
藤井「どうぞ」
デビッド、ビリー、巌が入ってくる。藤井、美子、デビッドに深々と頭を下げる。
デビッド「挨拶は抜きにしましょう。警察には知らせましたか」
藤井「いえ、まだです。どうしたらいいか、迷っています」
デビッド「わたしは知らせた方がいいと思います」
藤井「知らせると二人を殺すと言っています」
デビッド「脅しです。警察に知り合いがいます。お任せいただければ連絡しますが・・・」
藤井「そうですか」
藤井、美子を見る。頷く美子。
藤井「ではよろしくどうぞ」
電話を取るデビッド。連絡が終わる。デビッド、腕時計に目を走らせて、
デビッド「犯人の動きに間に合うかどうか心配です」
藤井「失礼ですが、どなたとお知り合いですか」
デビッド「プラパットといいます。麻薬特捜班のチーフです」
藤井「その方がここに見えるんですか」
デビッド「いえ、部下が二人きます」
藤井「そうですか」
デビッド「ビリー、これを使えるか」
バッグの中を見て頷くビリー。デビッド、拳銃、ナイフ、手錠、携帯電話を渡す。素早く身に着けるビリー。電話番号を説明する巌。
デビッド「藤井さん、ご覧になって下さい。七百万です」
藤井、札束を確かめてから、「これは借用証です。どうぞお改めください」
デビッド「はい、たしかに」
電話が鳴る。
藤井「もしもし、藤井です」ボタンを押す。
若い男の声「金はできたか」電話のスピーカーから声が流れる。
藤井「ここにある」
若い男の声「ヨシ、これから俺の言う通りに動け。お宅の女中部屋へ行ってバッグを捜せ。目につく所においてある。それに金を詰めろ。それから空港へ行け。手荷物預り所のナパンにバッグを預けろ。いいか、ナパンだ、間違えるな。番号札をもらったらエスカレーター脇のバンコク銀行の窓口の側で待て。男が番号札をもらいに行く。男がバッグを受取ったら男について行け。分かったな」
藤井「美帆と桃子はどこだ」
若い男の声「ここにいる。男がここに来たら娘を渡す」
藤井「声を聞かせてくれ」
若い男の声「ヨシ、待ってろ」
桃子の声「お父さん」
藤井「アッ、桃ちゃん、大丈夫か?!」
桃子の声「はい、美帆ちゃんもわたしも大丈夫」
若い男の声「安心しろ。大事なお客さんだ。ていちょうにもてなしている。しかし警察に知らせたら殺す。いいな。今九時だ。十時半までに金を預けろ。急げ」
藤井「もしもし、もしもし」
電話が切れる。
藤井「お聞きの通りです。どうしますか」
デビッド「巌とビリーは藤井さんを乗せて空港へ急げ。バイクのほうが早い。わたしはここにいる。事態が変ったらすぐに連絡してくれ」
藤井「警察はどうしますか」
デビッド「プラパットに手配させます」
藤井「ではよろしく」
美子「あなた、気をつけて」
藤井、頷く。ビリー、ドアを開ける。バッグを持つ藤井、巌、ビリー、部屋を出て行く。

藤井宅の女中部屋
藤井、巌、ビリーが入っていく。ベッドの上にあるバッグ。片付いている部屋。
巌とビリー、藤井のバッグの金を詰め替えながら。ビリー、藤井を見て
ビリー「用意がいい。こりゃあ女中がかんでいますね」
巌「車ごと消えてるんだ、ドライバーもグルかもしれない」
藤井「二人とも一年ほど働いていたんだが・・・」
ビリー「しかしなんでバッグを指定するんだろう。計画してやってることだとしたら裏で組織が動いてますね」
藤井「詮索はあとだ。行こう」
部屋を出る3人。

九月五日午後十時半前。ドンムアン空港
手荷物預かり所へ向かう藤井。バッグをカウンターにおいて。
藤井「ナパンさん、おねがいします」
ナパン「藤井さんですね」
藤井「はい」
ナパン、バッグを預り、番号札を藤井に手渡す。藤井、バンコク銀行の窓口のそばへ。
ナパン、カウンターの背後に隠すようにおいてあった大きな黒いバッグから藤井の持ってきたバッグと同じバッグを取り出し、金の入ったバッグを素早く黒い大型のバッグに入れる。

待ち合い所の椅子に座っている人々。中に巌とビリー。バンコク銀行そばの藤井にさり気なく目をやる。男が近づき話しかける。指さして教える藤井。数分後。五十年配の男が近づく。藤井に番号札をもらい、手荷物預り所へ。数歩あとに従う藤井。二階からおりてきた若い男が藤井のそばを通り、カウンターで五十年配の男と並ぶ。なにか囁く。

手荷物預リ所
ナパン、年配の男から番号札を受取り、すり替えたバッグを渡す。年配の男、立ち去る。若い男、ナパンに番号札を渡し、金の入った黒いバッグを受取る。

待ち合い所
ビリー「あいつ、地下へ行く。駐車場だ。つけよう」
巌「お前は奴をつけろ。俺は黒いバッグを持ったほうをつける」
ビリー「どうして?」
巌「あいつ、店で見たことがある。桃子をじろじろ見ていた奴だ」
ビリー「ヨシ、藤井さんは俺に任せろ」
巌「アッ、カウンターの男が奴にくっついていく。ますます臭うな。俺はこっちを追う」

地下駐車場
年配の男と藤井、車に乗る。バイクでつけるビリー。
ナパンと黒いバッグを持った男、カンパナ(22)は別の車へ。バイクでつける巌。

年配の男の運転する車、高速に乗り、市内に向かう。追跡するビリーのバイク。そのあとをもう一台の車が追う。
車中。助手席にバッグ。後部座席の藤井が話しかけても返事をしない男。

空港前の大通りを折れてソイに入る車。追う巌のバイク。
車中。運転するナパン。携帯電話をかけるカンパナ。

シャリンの叔父の家
電話が鳴る。受話器を取るシャリン。タムに受話器を渡す。受話器に耳を当て頷くタム。受話器をおき、シャリンへ、
タム「金は手に入った。車は今、空港団地前だ。十分もすれば着く。もう人質はいらない。寝室に押し込んでおけ」
オラチョーン「お嬢さん見るとどうしてか腹が立ってねえ、シャリン、手加減しないでやっちまいな」
シャリン「消さなくていいんですか」とベルトにさしていた拳銃を取り出す。
タム「そんなもの使ってみろ、人だかりができる。それでなくてもそろそろ手がまわるころだ。車がきたら飛び出せるようにしとけ」
シャリン「おれは金より女がいい」
タム「勝手にしろ」
シャリン、美帆を抱えて寝室へ行き、ベッドに放り出す。続いて桃子を抱えて寝室へ行き、ベッドに放り出す。
桃子、必死に美帆のからだをかばう。

タムとオラチョーンは家の戸口で外を見ている。車、ソイを入ってくる。玄関前でとまる。

バイクを飛びおりた巌。ヘルメットをはずし、静かに家に近づく。

タムとオラチョーン、家から出てきて車に乗る。車発進。巌、迷うが家に侵入。
寝室。足の紐を解かれた桃子、足をばたつかせて必死に抵抗。まくれあがるスカート。桃子のパンツを下ろそうとするシャリン。巌、後ろからシャリンを引きはがし肘打ちの一撃。シャリン、サイドテーブルと共に倒れる。サイドテーブルの上の拳銃が遠くへ転がる。シャリン、巌に掴みかかるがハイキックを受け吹っ飛ぶ。ぐったりしたシャリンになおもパンチを浴びせる巌。顔じゅう血まみれのシャリン。巌、後ろ手に手錠をかます。
巌、桃子と美帆の紐、ガムテープをはずす。桃子、巌にしがみつく。
桃子「お兄ちゃん、ごめん」
巌「大丈夫か」
大きく頷く桃子。桃子にすがりつく美帆。大声で泣く。
巌「よかった」

美帆と桃子を寝室に待たせ、シャリンをそこから引きずり出す巌。
リビングでシャリンを責める巌。タムとオラチョーンの逃走先を吐かせる。ビエンチャンの明月酒店。

年配の男の運転する車、ガソリンスタンドで停まる。
車中で
運転手「一時間経った。下りてくれ」
藤井「ナンだって?」
運転手「一時間たったら喋っていいとさ。そう頼まれたんだ」
藤井「バッグをよこしてくれ」
運転手「これはあんたのかい?何が入ってんだ」
のぞきこむ運転手。手元で開ける藤井。新聞の札束。大笑いする運転手。外から窓ガラスを叩くビリー。車からおりる藤井。
藤井「こいつはダミーだ」

ビリーのあとをつけてきた車が停まる。警察の車。二人の私服が下りてきて藤井を乗せてきた運転手に手錠をかける。

携帯電話で連絡を取るビリー。
ビリー「二人とも無事です。美帆ちゃんがでてます」電話を藤井に手渡す。
藤井「もしもし、美帆か・・・うん、よかったな。うん、すぐに行くから。話は後だ。じゃあ」

刑事に説明する藤井。警察の車に同乗し、美帆、桃子のいる現場へ向かう。バイクに乗るビリー。

シャリンの叔父の家
美帆と桃子は藤井と妻美子が付き添い病院へ。シャリンは後ろ手のまま、刑事に引っ張られて外へ。リビングにはデビッド、巌、ビリー、プラパットがいる。
巌「奴らのアジトはビエンチャンの明月酒店らしい。すぐ追いかけますか」
デビッド「タム、オラチョーン、ナパンの面は割れている。飛行機には乗れない。車で夜通し走ってもビエンチャンに着くのは明朝十時。巌とビリーはウドンまで飛行機で行ってくれ。それからレンタカーを使う。奴らより早く着くはずだ。ビエンチャンではニュー・メトロに泊れ。わたしの友人が経営者だ。名前は壮岸軒」
巌「ラオスのビザはどうするんです?」
プラパット「タイ、ラオスのイミグレにわたしから伝えておく」
巌「ビリー、おまえ、パスポート持ってるか」
ビリー「なんだ、おまえ、すっかりその気になってるけど、これから先はそこにいる方の仕事じゃねえのかな」とプラパットに向いてあごをしゃくる。
巌「ここまで来て手を引くのか。チェッ、びびりやがって」
ビリー「誰が!!おれは最初からやる気だよ!おまえこそ途中でしょんべん漏らすなよ」
デビッド「出発するまでにビリーのパスポート、チケット二人分はわたしが用意しておく。巌のパスポートはジムの者に持ってきてもらえ」
ビリー「デビッドさん、あなた、CIAですか」
デビッド「ただの宝石商だよ」
巌「それにしては裏に知り合いが大勢いそうですね」
デビッド「宝石の買い付けに方々歩いているからな」
プラパット「方々で金ばらまいて手下を使っている」
デビッド「オイ、こんな時、冗談はやめてくれ」
プラパット「じゃあ、失礼」プラパット、立ち去る。
ビリー「あの人も金で使ってるんですか」
デビッド「いや、彼とは永年のつきあいだ。信用していい。しかし警察にもマフィアに通じている者がたくさんいる。日本の警察とは違うんだ。ビリーは先刻承知だろうが、巌はこちらの事情にうとい。何でも疑ってかかれ、いいな」
巌「デビッドさん、あなたを疑ってもいいですか」
デビッド「ああ、そういうことだ。一緒に仕事をしていくうちにわかってくれればいい」
ビリー「途中で放り出されるんじゃあかないませんねえ」
デビッド「わたしがビリーと同じ年頃に遭ったことを話せば少しは信用してくれるかな」

ジムで練習をするデビッド・ワイン。当時二十歳。(回想)
練習を終えてシカゴの自宅に帰るデビッド。トレーナーにスニーカー姿。
邸宅内。
手当たりしだいにかき回された室内。
床に父親と母親と妹が倒れている。射殺。両親、妹を次々に抱き起こしながら女中を呼ぶ。おずおずと自分の部屋から出てくる女中。

犯人を捜して中国人町を歩き回るデビッド。(回想)
シャリンの叔父の家
デビッド「やったのは中国人。ヘロインがからんでいたらしい。わかったのはそれだけだった。それから犯人らしい男を追っかけてバンコクまで来てしまった。遺産を元手に南アフリカ、ビルマ、ラオス、カンボジアで宝石の取り引きをするかたわら、それらしい情報があると追っかけるんだが、なかなか捕まらん」
ビリー「おれも中国人マフィアには酷い目に遭ってます」
デビッド「ああ、知っている」
巌「復讐ですか」
デビッド「ああ、はじめはそうだった。しかし犯人を追ううちに復讐だけじゃなくなった。今度のことを見てもわかかるだろう、やつらはなんでもやる。誘拐、殺人、ヘロイン、女、子供の売買までやるんだ。こんなのを目にしたら黙っていられるか。金儲けだけが人生じゃない。すこしは社会に役立ちたいと思ってな。じぶんの組織をつくりたいんだ。協力してもらえるとありがたい」
巌「ジムはその手段ですか」
デビッド「そう、ひとつの方法だ。鍛え抜かれた者でなければ太刀打ちできないからな」
ビリー「俺はやりますよ」
巌「俺もメンバーに入れて下さい」
デビッド「ありがとう。空港近くのホテルに部屋を取ってある。少し休んでくれ。明朝ドンムアン六時発。ウドンタニ七時着。道中なにもなければ九時にはビエンチャンに着く。グッド・ラック!」

ドンムアン国内空港。チェック・インする巌とビリー。

ノンカイ。九月六日午前八時半。タイ国入国管理事務所を通過する巌とビリー。メコン河にかかる「友誼大橋」を走る二人の車。ラオス側入国管理事務所へ。
無事通過し、舗装の悪い道を走る二人の車。ビエンチャン到着は九時過ぎ。
車中で
ビリー「これでも首都か。車がいやに少ないな」
巌「人も少ない。下手に動くと気づかれる」
ビリー「うん、張り込みなんかやったらすぐバレそうだ」
巌「まず明月酒店とニュー・メトロを捜そう。作戦はそれからだ」

メコン河沿いの通りから百メートルほど入った所にニュー・メトロ。
フロントに案内されて二〇五号室へ入る巌とビリー。部屋の設備を確かめる二人。ほどなく壮岸軒(46)がドアをノックし、部屋に入ってくる。
壮岸軒「デビッドから話は聞きました。明月酒店には前から知った者を入れておきました。メイドをやってます。名前はティップ。支配人室に盗聴器を仕掛けてもらいました。日本製です。小さくて性能がいい。このエアコンを見て下さい。図体ばかりでかくて効きが悪い。ロシア製です。余計なことは省きましょう。タムはまだ来ていません。夜になるのを待ってるのかもしれません。お二人ともあまり出歩かない方がいい。特に日本人は目立ちますから」
ビリー「巌、お前は外に出ない方がいいとよ。俺はちょいと明月酒店を偵察してくる」
壮「気をつけて下さい。支配人の呂九竜は組織のメンバーらしい」

ニュー・メトロから一キロほど離れたロータリー付近にゲストハウスが五、六軒ある。その中の一軒が明月酒店(ミングッド・ホテル)ビリー、向かいのマクドナルドでハンバーガーを食べながら様子をうかがう。
時々旅行者の出入りがあるだけで、不審な行動をとるものはいない。店を出るビリー。

九月六日午後一時。ゲストハウス、ニュー・メトロ、二〇五号室。室内には巌とビリー。ドアがノックされ、壮岸軒が入ってくる。
壮「今タムから電話が入りました。三時に取り引きがあります。呂九竜が指定した場所はマーケット第一棟二階の「徳善金行」。この建物の出入口は四ヶ所、表口と裏口、左右側面に一ヶ所づつ。しかし二階へ行く階段は表口と裏口にしかない。階段を張っていれば見逃すことはない。取引き現場に踏み込むのは危険だ。おそらく用心棒が何人もいる。金を取り戻すには取引き前のタムを狙った方がいい。タムにはカンパナとナパンがついているとすれば二人では無理だ。ウチの従業員を使って下さい」
ビリー「いや、来るのはタムとオラチョーンだけだ。カンパナとナパンは分け前をもらってふけているか、ひょッとすると消されている」
巌「(ビリーへ)そう願いたいところだ。
(壮へ)どっちにしてもヤバイ仕事だから、ここは二人だけでやりますよ」
壮「ではこれを持って行って下さい。」
拳銃ニ丁とトランシーバー二個をアタッシェから取り出してテーブルに並べる壮。

マーケット第一棟表口の階段を張る巌。
裏口階段を張るビリー。タムが突然背後からあらわれ、スーツで隠しながら拳銃をビリーの脇腹に突きつける。
タム「歩け」
ビリー「おや、タムさん、お久しぶりです」
タム「その壁に両手をつけろ」
タム、ビリーのジャンパーの内側のホルスターから素早く拳銃を抜き、ポケットへしまう。
ビリー「人中で乱暴はやめましょうや」
タム「無駄口を叩くな。お前、ここで何してる」
ビリー「あんたに教えに来たのよ。駐車場も徳善金行もお巡りでいっぱいだ。呂九竜がチクったんだ。取り引きをはじめた途端に捕まるぜ」
タムがいきなりビリーの後頭部を銃把で殴りつける。倒れるビリー。足早に去るタムとオラチョーン。倒れたままトランシーバーで巌を呼ぶビリー。
表口の巌。
ビリーの声「お前の方に向かった。ハジキを持ってる。気をつけろ」
巌、裏口に向かって走る。タムとオラチョーン、巌に気づいて側面の出入口から表へ出る。追う巌。やっと立ち上がるビリー。タム、トクトクの運転手を突き飛ばし、運転席へ。オラチョーン、後部座席に飛び乗る。タム、運転をあやまり、道路端にござを連ねる物売りに突っ込む。悲鳴を上げて逃げる物売りのオバサン達。後ろで方向を指示するオラチョーン。巌、トクトクの運転手を突き飛ばし運転席へ。ビリーは頭を押さえながらやっと追いつき、後部座席に倒れこむ。
明月酒店方向に走るタムとオラチョーンのトクトク。追う巌とビリーのトクトク。どちらもスピードが出ない。時速五十キロ程度。鈍足同士のカーチェイス。カーブを曲がるときは横転しそうになる。舗装のないでこぼこの道の方が多い。舞い上がる砂埃。跳ねるトクトク。前のトクトクで喚くオラチョーン。時々ビリーの拳銃を撃つが振動で狙いが定まらない。弾を撃ちつくし拳銃を投げ捨てるオラチョーン。
川沿いの道を必死になって走る二台のトクトク。巻きあがる砂埃。逃げる歩行者。堤の上で驚く観光客。
右折を指示するオラチョーン。スピードを落とさず曲り、横転するタムのトクトク。やっと追いついた巌とビリー。オラチョーンは倒れたまま動けない。タムはバッグを抱えて逃げる。町角の銃撃戦。タムが先に弾を撃ちつくし逃げる。追う巌とビリー。堤を越えて河原へ逃げるタム。河沿いをどこまでいっても舟はない。
バッグを捨てて向きなおるタム。背後にメコンの落日が赤々と燃えている。
タムの前に立つ巌。後ろにまわるビリー。巌に突進するタム。
一対一の格闘。ながい格闘の末、倒されるタム。
後ろ手に手錠をかけるビリー。
バッグを持ち、歩きだす巌。並ぶビリー。

カメラ、二人から引き、メコン河、広い河原、赤々と燃える落日を俯瞰する。
豆粒のような巌、ビリー、そして倒れたままのタム。

(第一部完)

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